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水泳とは、自分自身と向き合うこと

泳ぐのが日常だった幼少期

「記憶にないくらい小さい頃」から水泳を始めたのだから、彼にとって「泳ぐこと」は、大袈裟でなく、息を吸うことや食事をすることとまったく同じ感覚なのも納得だ。3人兄弟の末っ子として育ち、姉と兄の背中を見ながら育った幼少期。彼らに次ぎ、イトマンスイミングスクール玉出校に通い始めたのが小学校2年生のときだった。その後、中学に入ってから本格的に種目を背泳ぎに絞った。

「正直なところ、泳ぐことが楽しいとか、おもしろいとか考えていませんでした。ただ、当たり前のようにスクールに通い、ほとんど毎日のように泳いでいた子ども時代でした」

 そう語る入江陵介選手。当時はトップ選手ではなく、目立った成績を残していなかったが、そんな彼が注目され始めたのは中学校3年生のとき。100mと200mの背泳ぎ2種目で中学記録(当時)を樹立した。高校に進学すると、1年生のときに高校総体の200m背泳ぎで優勝。その後も高校生スイマーとして数々の賞を総なめにする。これ以上ないほど順調に思われる水泳選手としての経歴は、彼が持って生まれた才能から来るものばかりではなかった。

「もちろん、試合で勝つこともあれば、負けることだってあります。勝てば楽しいし、負ければ悔しい。ときには、泳ぐことが好きと思えないこともありました。でも、僕には水泳しか自分自身を表現できるものがないことはわかっていましたし、水泳の悔しさは水泳で晴らすのが一番だと思っていた。だから、これまで泳ぎ続けることができたんです」

「目標」という石を目の前に置く

彼に転機が訪れたのは、2006年のこと。パンパシフィック選手権で、初の日本代表入りを果たしたのだ。

「オリンピックに手が届くかもしれないということが、初めて現実味を帯びて感じられるようになりました」

 オリンピックという、アスリートなら誰もが憧れる夢に、自分の手がもう少しで届く感覚。「これからも水泳を続けていきたい」という気持ちが新たになった。そして迎えた北京オリンピック。世界ランキング3位の実績でメダル獲得の期待を背負い、200m背泳ぎに出場し、結果は5位。入賞ではあるが、メダルに手が届かなかった結果に、誰よりも自分自身が悔しさに涙をのんだ。
 それから4年。徹底的に泳ぎを見直し、身体を鍛え、満を持して迎えたロンドンオリンピックでは、北京の呪縛を解き放つような大活躍を見せた。

「とにかく、絶対にメダルを取るつもりで臨みました。そのためだけに頑張った4年間でした」

 “目標”という石を、目の前の位置に置く。そして、その石に辿り着いたら、また、その石を少しだけ前へ置く。この4年間、そうやって、一歩ずつ確実に成長を積み上げてきた。その成果が3つのメダルというかたちになったのだ。

「これまで自分が泳ぎ続けて来られたのは、頑張れば手が触れる位に「目標」を掲げたから。長く水泳を続けるには、とにかく、毎日少しでも自分が成長しているという感覚を持つことが大切だと思うんです。そうした感覚がある限り、泳ぐことがどんどん楽しくなりますし、もっと上を目指そうと思えますから」

 もしも泳ぎが苦手なら、ひとまず50m泳げるようになることを。タイムを上げたいと思うなら、まずは1秒短縮を。そんなふうに現実的な目標を目先に掲げ、それを達成したら、今度はもう一段階上の目標を掲げる。そうした積み重ねが泳ぐことの楽しさを教えてくれる―。これは、誰よりも熱心に練習を積み上げてきた彼の、実感から生まれた経験則だ。

無音のなかで自分と向き合う

「これから泳ぎを始めようと思うなら、まずは自分の得意な泳法からスタートし、いずれ4種目全部泳げるようになることを目指すといいかもしれません。誰にでも得手不得手はあるもの。そんななか、4種目すべて泳げるって本当にすごいことだと思うから」

 今夏、バルセロナで行われる世界水泳を控えた彼自身、「昨年以上のタイムを出し、結果を見せたい」と、日々、練習に臨んでいる。肝心なことは、「誰と闘うか」だけでなく、「自分とどう闘うか」。これこそ、彼がトップスイマーたる所以を示す言葉であり、同時に、私達一般スイマーに対し、本当に泳ぐとはどういうことなのか教えてくれる原点となるだろう。



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